「じんかれんのひろば」ページに、Julyon様からの投稿「『この国の不寛容の果てに』 相模原事件と私たちの時代 雨宮処凛編著」を掲載しました

作家・活動家の雨宮処凛さんが相模原事件について、
自分自身の「内なる植松」と向き合うために、
6人と対話してできた本である。

ずっと「雨宮処凛」って何者?と思ってきた。
刺激的な題名の著作やそのロリータ風の服装で遠い存在だと思い込んでいた。
でも、この本は是非皆さんにも読んで欲しいと思った。
偏見に囚われていた自分に気づかされた。

相模原事件が起こった時、何とも嫌な感じがした。
精神科受診歴のある若い男性が起こした事件だったからだ。
精神疾患のある息子も「これでまた、精神障害者は危ないと思われる」。
被害者よりも加害者にどうしても気持ちが行ってしまう。
当時の報道やその後の流れを見ると、
特別な人間が誤った思想で起こした特異な事件と済まされそうな気もする。

6人との対話は、それぞれの立場からこの事件を通して現在の日本の社会を映し出していく。
社会が生んでしまった事件だと思わされる。
なかでも森川すいめいさんと向谷地生良さんの話が興味深かった。

すいめいさんの対談を読んで「オープンダイアローグ」のことが理解できた。
分厚い本を読んでもなかなか心に入ってこなかったことが腑に落ちた。
決して自信を持った話し方ではない森川さんですが、説得力がある。
北欧でのエピソードも面白く読んだ。
同じ苦しい状況でも、我慢して頑張ってしまうのが日本、
みんなで話し合って工夫するのが北欧。
自分を犠牲にして耐えるというのは一番短絡的で安易な対応だという。
今の世代のうちに乗り越える方法を考えるのが次世代へと繋がって行く方法だと。
家族会の活動も意味があると自信を持とうと思う。

雨宮さんに「ラスボス」と言われる向谷地さんの話はとても面白い。
べてるは「今日も、明日も、あさってもずっと問題だらけ、それで順調」。
生きることの不確かさ、曖昧さ、苦労を大切にする。
どうしても成果を出すことに囚われてしまう自分に気づかされる。
たくさんの人を傷つけてしまった彼もべてるに出会っていれば、
「俺は寂しいんだ」って言えたかもしれない。
そうすれば障害者を蔑視することなどなかっただろう。

とても重いテーマだったが、読後は心が温かくなる。
日本もこのような人たちが播いた種が育って、
みんなが尊重されて生きていける日がきっと来る。
そんな楽観的な気持ちになれた。
私も種を播く人になりたい。

(Julyon)

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