◆元農林水産事務次官による息子殺害事件を語る 精神科医 斉藤 環氏 -じんかれんニュース2020年2月号より-
「ひきこもり」研究の第一人者、精神科医 斎藤 環氏は、12月23日のNHKラジオ朝の番組において、6年の実刑判決を受けた息子殺害事件から、私たちは何を学ぶべきかを語られました。
高校卒業後、一人暮らしをしていた息子の英一郎さんは、事件一週間前に実家に戻ってきたという。
熊沢被告がごみの捨て方について注意すると激高し、暴力を振るわれたことで熊沢被告は行く末を案じ、殺害を決意。周囲にSOSが発せられないまま事件は起きた。同居1週間たらずで、殺害に至った経緯に対しては、息子に寄り添う気持ちはわかるものの、思いつき、場当たり的、抑圧的犯行と言わざるをえない。抑圧的になるということは、自分を守るために無意識的に辛い記憶や感情などを消してしまったり、失敗をしない様に挑戦しようとする意欲を消してしまう防衛本能で、本人には自覚がありません。自我の安定の為に無意識のうちに行うものなので、その判断基準が自分でもよく分からなかったりする。根本的な解決にもなっていない為、あまり抑圧が強いと後々反動が出てしまう場合もある。息子に対する気持ちが一方的で息子の苦しみ、悩みを本当に理解していたかどうか。本人に寄り添う気持ちが本人の気持ちに合致していたか。息子との充分な対話がなされていたか。ひきこもりの10%弱が日常的に暴力を振るうといわれています。対話は暴力の抑止になります。対話で重要なのは共感しながら傾聴し、一方的ではなく相互性を持ってキャッチボールをすることです。皮肉、嫌みは言わない。批判は極力控える。暴力に対してはきっぱり嫌と拒否することです。対話は一方的に質問・想像するのではなく、何が苦しかったか、本人からの苦痛の辛さを汲みとりましょう。
以下はひきこもり問題の専門家 斎藤環先生が話す具体的な『家庭内暴力への対応方法』です
(インターネットより)
ひきこもりに家庭内の暴力が伴ったらどうすればいいのか。日々暴力におびえ、眠ることすらできず、追い詰められた家族が、結果的に殺傷事件を起こす悲劇も繰り返されています。しかし、20年以上にわたり、ひきこもり問題に向き合ってきた精神科医の斎藤環 筑波大教授は、「適切に対応すれば、ほとんどの家庭内暴力は解決が可能だ」と言います。
具体的な対応方法を聞きました。
否定的な言動への反発としての「暴力」
《ひきこもりのうち、家庭内暴力はどのぐらいあるのでしょうか。》
私の統計では、10%弱のケースに慢性的な暴力が伴い、50%程度に一過性の暴力が伴う。暴力と引きこもりは、親和性が高いと言わざるを得ない状況があります。ただ、それは外向きの攻撃性ではなく、内向きの攻撃性です。家で暴れているからといって通り魔になることはありません。ひきこもりに家庭内暴力は少なくないが、犯罪率は低い。ここでの犯罪は、起訴されて成立した犯罪を指します。ただ、DVが起きやすい環境になりやすいのは事実です。それはよく知って頂く必要があります。
《家庭内暴力に結びつく背景に何があるのでしょうか。》
一般的には、家族が本人を責めることです。本人の人格を否定したり、怠け者扱いをしたり、「早く仕事をしろ」などと追い詰められると、それに対する反発として暴力が起こる、という構図があります。皮肉や嫌みを慢性的に言われたり、否定的な言動で苦しめられたりしている当事者は多いです。私が今までしてきた仕事の半分ぐらいは、家族に、本人に対する批判や否定をやめてもらうことでした。
《やめるだけで、変わりますか?》
かなりの割合で、親からの暴言や批判に反応して起こる暴力があり、これはやめれば暴力が終わります。やめて、本人の話をちゃんと聴く、と切り替えれば終わる暴力がいっぱいある。まずは親御さんが自分の胸に手を当てて、本人を追い詰めていないか、振り返って頂きたい。
本人は、親が自分をコントロールしようとしていることに非常に敏感で、怒りを感じます。枕元にアルバイト雑誌などを置いておき、「これを見て奮起しなさい」といったやり方はほとんど嫌がらせです。見てほしいものがあったら直接渡して「読んでくれるとうれしい」と言うぐらいの感じでやってほしい。
一方、刺激しなくても起こる暴力があります。「慢性型の暴力」です。家族は特に何もしていないけれど、本人がささいなことに言いがかりや難癖をつけて、暴れ出す。例えば「ご飯がまずい」とか「タオルを交換していなかった」とか。これは比較的やっかいです。家族は何をどうしたらいいか、わからないからです。長らく密室的な親子関係が続いていると、本人が自分のこれまでの人生に対してすごく否定的な思いを抱いている。「自分の人生は価値がない」「自分は生きている意味がない」「惨めだ」。その思いを、自分1人では引き受けられない。「こうなったのは自分のせいだけじゃない」「親の育て方がまずかったんだ」。様々な思いが渦巻いていて、他責的になりやすい。他責的になってしまうと、親にぶつけずにいられなくなってしまうことがあります。これが慢性的な暴力の根源にあります。
「怒り」ではなく「悲しみ」
これは「怒り」というよりも「悲しみ」なんです。決して暴力を振るってすっきりするわけではなく、振るった自分を責めているんです。それでも、やはり暴力を振るわずにはいられないつらさ、悲しみがある。暴力を振るってもつらいが、振るわなくてもつらい、という悪循環です。 さらに暴れる理由には、親に「自分の苦しさを味わえ」「共感せよ」と言っている意味もあります。受け入れがたい無理難題を言ってきたり、「聞かなかったら暴れるぞ」と言ったりして、実際に暴れる。親の服を全部水浸しにしたり、ハサミで切り刻んだり、部屋に何かをばらまいたり、といった嫌がらせもあります。それは「自分のつらさを知れ」「なぜ自分はこんなにつらい思いをしているのに、お前らは、のうのうと日常生活を送っていられるんだ」という主張でもある。明確に意識しているというよりは、そうせずにはいられない。半ば衝動的にやっている感じに近い。根源にあるのは、怒りや攻撃性というよりは、悲しみであり、その悲しみを分かってほしいという思いだということは踏まえておいて頂きたいです。